• 定年男子のランとマネー

先日、あるZOOMセミナーで公的年金をテーマにメディアの伝え方について議論が行われました。大手新聞社のベテラン記者の方や、社会保障の研究者、ベテラン社労士、大学教授のほかに何名かのFPも参加して、総勢で30名ほどの集まりでした。

セミナーは主催者が提起した問題に、記者の方、研究者、社労士の方々がそれぞれ意見を述べていく形式でした。

その中で印象的なコメントがあったので、少し書いてみたいと思います。

まず、「日本国民は政府を信用していない。どの国でも国民国家としての伝統があるが、第二次世界大戦終了時に国民は政府に騙されたという意識が強くあって、国家としての伝統が分断されてしまった」という指摘がありました。

確かに日本国民は日本政府を信用していないように見えますね。

公的年金保険にしても、なんとかリゾートを作ったことや、消えた年金記録があると政府のやることへの不信をあげて大騒ぎをします。

この傾向は、公的年金保険にかぎらず、マイナンバーカードの普及にも見られます。

公的年金保険による全国民の老後生活の支え方や、マイナンバーカードを使っての個人情報の一元管理の利便性というメリットを議論する前に、「政府はまともなことをやるはずがない」という先入観に基づく不信をベースに反対論から始めるので、なかなか話が進みません。

たとえば「公的年金保険は不正の塊だ」とか「必ず破綻する」とかの理由で保険料を払わない人もいるようです。

でも冷静に考えれば、基礎年金ならば本人の保険料と同額の税金が投入されているので国民として税金を払っていれば間接的に公的年金への負担を果たしています。

つまり公的年金保険制度への支援という意味では、税金を払うという行為で制度の存立を支援しているのです。

でも個人として保険料を払っていないので、将来の給付はゼロです。

損得の問題を考えれば明らかに損です。

社会保険制度への正しい知識を持っていれば、そのような行動はとらないと思いますね。

コロナウイルスへのワクチンの取り組みにしても、政府の許認可を含むワクチン一般への不信があるので、世界各国ですでに接種が始まっているのに、日本では具体的な接種のスケジュールややり方も発表されていません。

おそらく日本の製薬会社は、失敗すれば大きく叩かれるワクチンの開発などはやりたくないのが本音ではないかと想像します。

話をセミナーに戻すと、「新聞記者は政府を批判する立場で記事を書くのが基本であって、自分が正しいと思った記事を書いたことで政府寄りの記者と言われるのは社内では非常につらい」といった趣旨の発言がありました。

このお話を聞いて心に浮かんだのは「同調圧力」という言葉です。

「空気を読めよ」という言葉が強すぎると、声が大きくて強く主張する一部の人への忖度と遠慮によって「空気が読まれ」て客観的な議論ができにくくなります。

これは戦前に軍部の暴走を止められなかったことと似た構造ではないでしょうか?

戦前と現在の違いは、武力を持つ強力で明確な組織が暴走しているのではなくて、姿の見えない政府への不信という空気が暴走しているのではないかと思いますね。

できればメディアの方々に、この正体不明の「空気」と戦ってほしいのですが、お話を聞いていると、どうやらメディアが全体として「空気」を牽引しているかもしれないなと思うようになりました。

国家と国民にとってのいくつかの根本的な課題、例えば公的年金保険に代表される社会保障制度、マイナンバーカードに代表されるデジタル社会の利便性と個人情報保護、などについては、個人の努力は大切ですが、全体として何が正しくてどう理解すればよいのかを明確に示す方法を考えないとますます大変なことになりますね。

国民全員が理解して賛成する方法を探すことは、現実世界ではほぼ不可能なので、大多数が賛成する方法が見つけられたら、先ほど述べた公的年金保険の保険料支払い拒否の例のように、あとは個人の選択に任せるということも考えねばならない気がします。



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