• 定年男子のランとマネー

11月30日、一点の雲もない快晴の秋の日、紅葉狩りを兼ねて、京都の下鴨神社から京都御所を、かつての職場の友人たちと歩いてきました。

友人の中に京都検定保持者がいて、ガイドを買って出てくれたので、古代の神々の系譜を

踏まえた下鴨神社の解説を、素晴らしい秋の景色とともに、心行くまで堪能しました。

神々の系譜と言っても、ネットで調べてもまとまった資料がなくて、ガイド役の友人が

自分で作成して我々に配布してくれました。

「イザナギ」「イザナミ」「アマテラスオオミカミ」「スサノオノミコト」「オオクニヌシノミコト」「神武天皇」といった名前を聞くことはあっても、お互いの相関関係をよく知っている人は少ないでしょう。

ガイド役さんが詳しく説明してくれましたが、なかなか理解が追い付きません。

まったく、こんな複雑なストーリーを誰が考えたのかなと感心します。

(神道を信じる方には、誠に申し訳ない言い方ですが)

たぶん宗教というのは、このような要素があるのでしょうね。

旧約聖書の最初「創世記」第一章では、こんな感じです。

「初めに、神は天地を創造された。 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。 神は言われた。

「光あれ。」

こうして、光があった。・・・」

(出典:創世記 1 | 新共同訳 聖書 | YouVersion 2025/12/1閲覧)

神々の相関図は、ガイド役さんが作成してくれた小冊子の最後に綴じられています。

表紙には、「日本人の心の原風景 神話と歴史の大舞台を巡る旅」と記されていて、

高齢者の我々を気遣って、下記のフレーズが追記されていました。

「53歩会みんなの足腰健康を願う旅」

午前9時半に京阪電鉄出町柳駅に集合した13名は、そのまま鴨川を渡り、下鴨神社に

向かいました。

「鴨川と賀茂川」の分かれ目は?

というクイズ形式の解説を聞きながら、糺の森までやってきました。

2番目のクイズ「ただすのもり」の「ただす」の語源は?

おそらく京都の秋は今が絶好の見ごろ。

気温は15度程度、好天にも恵まれて、みんなの顔は満足そう。

下鴨神社入口の大きな案内図の前で、ガイド役さんが解説をしてくれました。

糺の森は甲子園球場の3倍の広さがあるそうですが、かつてはその3~40倍の広さがあったようです。

もしかしたら、鴨川の上流の丹波山地の方まで、ずっと森だったのかもしれません。

下鴨神社は正式名称を「賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)」と言って、賀茂=神、

御祖=親ということから、神様の親を祭っている神社になります。

簡単に言うと、鴨川の上流に位置する上賀茂神社のご祭神「加茂別雷命(カモノワケイカズチノミコト)」の曽祖父である「加茂建角身命(カモタテツヌミノミコト)」と、母である

「玉依姫命(タマヨリヒメノミコト)」を祭っているということです。

加茂建角身命は、国民の安穏と世界平和の守護神で、八咫烏に化身して神武天皇を熊野から吉野まで導いたと伝えられています。

西本殿に祭られています。

玉依姫命は、縁結び、安産、子育ての神様です。

東本殿に祭られています。

境内にはいくつかの摂社があり、その一つ河合神社の入り口には、末社の任部社には、サッカーの神さま「八咫烏」が祭られていると記載があります。

その近くの雑太社はラグビーの神様で、日本で最初に旧制第三高等学校と慶応義塾がラグビーの試合をした時の記念碑が建てられていました。

境内にある御手洗池(みたらしいけ)は、葵祭で斎王代がこの池に手をつけて禊を行います。

ちなみに下鴨神社の門前菓子として知られる「みたらし団子」は、この池の水疱を象ったもので人間の五体を表すそうです。

話のついでに、京都で5月に一か月間行われる葵祭では、下鴨神社と上賀茂神社で流鏑馬が行われ、「路頭の儀」では、京都御所から、下鴨神社を経由(ここで休憩)し、上賀茂神社までの長い距離を勅使や斎王代が行列します。

最後に、河合神社にやってきました。

ご祭神は玉依姫命で神武天皇の母親。

下鴨神社の祭神である玉依姫命とは同名異神で、第一美麗神という美の神様。

境内には、理想の美顔を書いて奉納する美顔鏡絵馬があり、女性の参拝は多い模様。

ちなみに、方丈記で有名な鴨長明は河合神社の祢宜の家系です。

下鴨神社をでて、我々は一路京都御所へ。

11月30日まで、秋の特別公開中で、装束の展示、雅楽や蹴鞠の実演、生け花展示、

高御座(たかみくら)拝観などが行われていましたが、時間の関係で全部は見られず。

入り口から南に下って、健礼門近くの承明門から紫宸殿を覗き、横門から紫宸殿前を通って

帝の住居である清涼殿を過ぎ、広い御池庭の美しさを堪能しながら、出口につき、

清所門から外の広大な景色を楽しむという、大河ドラマを思い出しながらの少し贅沢な体験をしました。

御所の後は、護王神社。

ご祭神は和気清麻呂。

この人は、歴史上の人物で、「藤原仲麻呂の乱」や「弓削道鏡」事件等に関係しています。

日本一と言われる「さざれ石」も有名です。

しかし私の関心事は、この社のご利益。

ここはランナーにとっては大切な「足腰守護のご利益」の社なのです。

これからも走り続けられますように・・とお祈りしてきました。笑

護王神社のあとは、旧二条城後など京都らしい町並みを辿りながら、

「京都つゆしゃぶCHIRIRI」で、ポークと近江和牛のしゃぶしゃぶと飲み放題の昼食。

2階の座敷で食事だったのですが、メンバーの中には、「御所の砂利道を歩くのは、地味に足に堪えるなあ」と言って、靴を脱ぐのに難儀する人や、玄関の上がり框に座り込む人もいました。

座敷は明るくて、食事もとても美味しくて、みんなの会話も弾みました。

恒例の近況報告では、いつもの会よりも心持長く話す人が多かったように思います。

全員が、ガイド役を買って出てくれた友人の準備の周到さに感嘆し、口々にお礼を言っていました。

「またガイドお願い」と言ったら

「今回で疲れ果てた(exhausted)」と言っていました。

後で聞いたら、終わった後は、ほっとして気が抜けて、帰りの記憶があまりなかったそうです 笑

ガイド役さん、本当にありがとうございました。

そして、大変お疲れ様でした。

次回のガイド役まで、ゆっくりお休みください 笑


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