• 定年男子のランとマネー

元銀行員

 

9月10日にかつての職場仲間の集まりに参加しました。

10数人が集まりましたが、僕にとって昔からの知り合いは数人です。

僕は大阪で就職して4年いた後、スペインー東京―アメリカを経て15年ぶりに関西に帰ってきたので、

その間の関西でのお付き合いが全く欠落しています。

同期入社の数人が知っている人たちですね。
それでも僕の年代は最年長グループなので、皆さんは丁寧に接してくれました。

有難いことです。

僕は大学卒業後に銀行に入社したのですが、各銀行の方針にも拠りますが、

銀行員の殆どが50歳を過ぎたら外部に出向してしまいます。

そしてそのまま転籍になります。

それまでは「取引先」として接していた会社が「自分が勤務する会社」になります。

(これにはいくつかの不文律があって、銀行が紹介する場合は基本的に自分が全く知らない会社に勤めることになります)

僕が参加した会は、大阪のT支店の取引先に出向した元銀行員たちの集まりです。

T支社の支社長も(近所なので)やってきていました。

みんなは、50歳を過ぎてから、原則として知らない会社で、畑違いの業務をやることになるのでそれなりに大変そうです。

僕も一応過去に大変な目に遭ったので、皆さんの話を聞きながら、たまに返事ができることがあれば話します。

世間的には、出向した元銀行員の集まりというと「暗い」イメージかもしれませんが、集まった人たちは押しなべて「明るくて元気」です。

ある程度の年齢になると、自分たちが50歳を過ぎれば、全く新しい職場で働くことは解っているので、

あらかじめ覚悟を決めて、第二の人生を「新天地」で働こうとして前向きな気持ちで出向していきます

この会は年に3回開かれていて、もう数年続いていますが、

(僕は既に第三の人生なので、参加資格があるのか疑問です 笑)

毎回明るく楽しく、いろいろな話をして解散します。

たまに最近の銀行の話題が出ることもあって、

「自分たちが銀行にいたころは、OBがやってきて、俺たちの企業年金を頼んだぞ、と言われるたびに、

何を言っているんだ、と思ったけれど、

自分たちが銀行から出てみるとかつての先輩たちの気持ちがよくわかるなあ」

と言った話になります。

我々の現役時代の後半は「失われた○○年」と重なって、金融機関の再編が行われた時期でした。

だから現役の時は「この大変な時に、不良債権を作った人たちに年金のことなんか言われたくない」と思った(?)のが、

AIやフィンテックなど現在の銀行を取り巻く情勢を見て、

この先、自分たちの企業年金は大丈夫かなあ」と不安になるのは自然な成り行きですね。

企業に勤務しているときに年金を掛けていて、卒業してから心配するのは遅すぎる(笑)とも言えますが、

金融に携わっているはずの銀行員でも、自分の老後の生活設計は50歳を過ぎてから考えだすとすれば

出向してから心配するのも仕方ないように感じます。(苦笑)



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