• 定年男子のランとマネー

昨年に続き、弘法トレイルに参加しました。

昨年は第一関門の「武士が峯」で関門に大幅アウトという情けない結果だったので、今回はそれより向こう、できれば完走を目指して走りました。

弘法トレイルを簡単にご紹介すると、弘法大師、若き日の空海が、修験道の聖地である吉野の金峯山寺から「南へ1日、西へ2日」歩いて到着した「高野」に密教道場を開設した故事にちなんで、空海の歩いた道を復活して足跡を辿ろうという大会です。距離は約55.7キロ、制限時間は14時間、累積標高は約3,770メートル(単純に言えば、富士山の麓から山頂までを走って往復する距離)

大会マップ
高低図

大会のURLです。

http://okuyamato.pref.nara.jp/kobotrail

昨年の結果が悔しかったので、大会終了直後に個人トレーナーについて、主に体幹の安定と股関節の柔軟性を上げるトレーニングを半年継続しました。

効果が出てきたので、長時間の運動に耐えられる身体を作るための対策を取りました。ところが、これが上手くいきません。

村岡ダブルフル(9月 台風で中止)

突発性難聴になって、しばらく運動禁止

神戸・大阪マラソン(2週間連続で完走)

直後に「鼠径ヘルニア」で手術入院。その後1か月運動禁止。

心肺機能がかなり低下(VO2Maxが52⇒45)して、50近辺まで回復したのは3月末くらいでしたね。                                                   

それから長時間対策を始めましたが、ラン友さんに付き合ってもらって、最長で30キロを2回、時間で7時間までしかできずに本番を迎えました。

おまけに、3月末くらいから、臀部と太もも裏に痛みを抱えるようになり、一時期は日常生活にも影響が出てきました。

結局、大会まで痛みは取れなくて、「現状を受け入れて、行けるところまで行こう」という悟りを開きました(笑)

前泊の宿舎で同室の皆さんは、それぞれツワモノでした。

弘法4人衆(笑)

UTMF⇒阿蘇⇒弘法と転戦してきた人

山登りのベテラン(トレイルレースで中盤以降、追い抜かれたことが殆ど無し)

ダイヤモンドトレイルを「ショートトレイル」と認識するスピードランナー

こんな人たちが参戦する大会なんですね。

でも、皆さんとても良い人たちで、前夜はリラックスしてよく眠れました。

当日は、午前6時に、ほら貝の音に送られて走り出しました。

天気は曇り時々腫れ。強風で温度のわりに暑くなく、絶好のコンディション。

「これは完走のチャンス」多くの人が思ったでしょうね

大まかな作戦としては、キロ当たり15分で行けば、14時間で56キロなので、

完走するためにキロ当たり14分を目途にしました。

昨年悔しい思いをした「武士が峯」関門は、行程図では約28キロにあるので、7時間かけて、できれば13時から13時半には着きたいと考えていました。

実際のところは、九十丁エイドまでは2時間とまずまずのペース。

大会に参加していた高野山の修行僧と一緒になり少しお話しました。

お聞きすると、当時の空海と同じ条件で参加されていて、「修験走り」で颯爽と走って行かれました。

僕はその後もマイペースで、大天井岳を越え、小南峠も無事に通過しました。

小南峠では恒例の私設エイドに友達が居て、力が出るように特別に「レッドブル」を飲ませてくれました。

「昨年悔しかった武士が峯を越えてくださいね」

と応援されたので、完走の気合十分に坂を下っていきました。

ところがスタート6時間後の12時頃に「ペーサー」に抜かれました。

「まずいかな?」と思って、スピードを上げようとしましたが、スタート後7時間くらい経つと、長時間対策が不十分だったからか、登りが遅くなってどんどん抜かれだしました。

練習はウソをつきませんね。

武士が峯は28キロのはずでしたが、GPS時計が30キロ地点を示してもエイドは現れません。関門時間は14時です。(14時には出発しなければならない)

13時半くらいになって、男性1名、女性1名+スイーパーの声が聞こえだしました。

「やばいなあ」

3人は競い合うようにエイドに向けて進みました。

13時52分くらいに3人同時に到着して、男2名はソーメン2杯を食べ、女性はトイレを済ませて、13時57~8分くらいに飛び出しました。

「行けるところまで行く」悟りの境地です(笑)

下り坂だったので走りましたが、その後の緩い上りは走れません。

ロードが数キロ続くので、タイムの稼ぎ処なのに足が動かない。

ポールを使って、押し出して、何とかキロ12分くらいで進み、山道に入りました。

次の天辻峠の関門は15時45分でした。

山道を走って下っていると、大会関係者が立っていました。

「この坂を下って。ロード1.2キロで関門です。あと15分。頑張って!!」

普通なら楽勝ですが、既に足はガタガタ。「はしれるかなあ?」

ロードに出ると「あと10分、ぎりぎりかな」と関係者の声。

幸いにも下りだったので、思い切ってラン!キロ5分30秒で走りました。

15時42分に関門到着。

息が上がって、ゼーゼーハーハ―。椅子に座り込みました。

先についていた男性が「山道2キロで30分らしい。どうする?行く?」

小南峠の応援団との約束を思い出して「行く!でも1分休ませてくれ」

男性は僕より1分前に出発。

僕は足が動かなかったので、登りはポールに全体重をのせて腕の力で引き上げて進みました。トレランポールは細いので「折れないかなあ?」と心配でしたが、

ほかに手段は思いつきません。

このあたりで、左下腹部の手術跡に軽い痛みを感じました。

「腸が飛び出したくて暴れているのかな? 手術しておいてよかったな」

でも手術跡に違和感があるのは気持ち悪いですね。

山道を登りきると、今度は崖のような下りが約100メートル。

右横の木の間にロープが張ってあったので、左手にポールをもち、右手でロープにつかまって、思い切って落ちていきました。

後で見ると手袋が摩擦でボロボロになっていました。

幸いにも破れていなかったので、火傷はしませんでしたが。

そうこうしてチェックポイントが見えたところで16時15分、関門時間でした。

頑張って下に降りると「1分オーバーです」

僕のチャレンジはここで終了しました。

先に行った男性は見えなかったので、関門をクリヤーしたようです。

大会関係者の車で高野山まで送ってもらって、荷物を受け取り宿坊に向かいました。

ビールを買ってきて、一人で残念会をやりました、

不思議に悔しさはありません。それなりに全力を出した結果と納得していたからです。

コーチの安藤さんに結果を報告すると、

「悔しいですね。まだまだ伸びそうなので再チャレンジですね」

「いや、もうすぐ65歳になるので、これ以上は無理です。今年で終わります」

Lineで返信して寝ました。

翌日、バスに乗って駅に向かう途中で、広島から来たランナーと仲良くなりました。いろいろな話をしましたが、その人がこう言いました。

「聞くところでは、最初の関門からすべてギリギリで通り抜けて完走した人がいるそうですね」

ピンときました。

天辻峠で僕より1分前に出発したランナーです。

(完走できてよかったなあ)という気持ちもありましたが

(あと1分頑張っていたら、自分も完走できたかもしれなかったんだ!)という悔しさがこみ上げてきました。

勝手なものですね。

今年で終わりと決めていたのに。

再チャレンジは、もう少し考えます。

そのためには、もっと練習しなければ!

あ~あ



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