• 定年男子のランとマネー

10月16日、FBつながりの川元由喜子さんのブログを拝見して、面白いなと思ったので

感じたことをまとめておきます。

川元さんのブログはこちらです。

「労働分配率」の話:のんびりと貯める人の株式市場散歩:SSブログ (ss-blog.jp)

川元さんの論点を私なりに纏めておくと下記になります。

  • 労働分配率の上昇に関しては、社員の賃金は硬直的なので企業収益を減らせば

労働分配率が上がり、増益ならば下がる。

  • 現在の労働分配委率がほぼ史上最低で、企業収益がさらに伸びていくとすると、

労働分配率はさらに下がる。

  • 労働分配率を上げるための解決策は雇用の自由度を上げる(解雇する自由を許す)

ことである。

  • 背景には日本はこれまで、企業に社会保障の多くを任せてきた、例えば解雇させない

ことで失業を低く抑えてきた。つまり事業のリスクは企業が全部引き受けて、労働者は

リスクを取らなくてすんでいる。

  • したがって、景気が悪くなれば従業員にとってはありがたいが、景気が良くなれば

超過収益が企業のものになるのは原理原則にかなっている。

  • 昔にくらべて雇用を保障するコストが格段に高くなっているので、企業に社会保障を

依存し続けるならば、企業はリスクを取って成長する余裕がなくなっている。

  • 最初から安定を目的にしていると成長はできない。

しかし、現在では雇用が保障されているのは、一部の人なのだから、(諸外国のように)

保障されていない人を中心に考えるべきときではないか?

<大きな政府か小さな政府か>

企業経営者の視点からすればこのような意見になるのでしょうね。

最近、話題を呼んだ「45歳定年」の話も発想の源は同じような気がします。

つまり45歳以上の全部の従業員の雇用までは面倒を見る余裕はない。

この問題を大きく考えると、最終的に「大きな政府」と「小さな政府」のどちらを

選択するのか?というところに行きつくような気がします。

日本は小さな政府を志向してきました。

しかし社会保障を含む公共サービスを充足しようとすれば、民間の力を借りる必要があります。

税金や社会保険料を漏れなく国民から徴収するために、会社員の給料から天引きする

というシステムは、欧米では当然とされている個人が自分の所得を申告するという作業まで源泉徴収という制度によって実質的に企業に丸投げされています。

企業はその作業と雇用の安定を引き受ける代わりに、濃淡はありますが政府(行政)から

各種の恩恵や配慮を受けています。

この構図が、例えば経済団体の姿勢に表れているような気がします。

企業が行政からの丸投げを受けているおかげで、会社員およびその家族は自分たちが年間にどれくらい税金や社会保険料を支払っているのかをあまり自覚していません。

(FP相談を受けてキャッシュフローを計算してお見せすると驚かれるお客様は多いですね)

所得税、住民税、社会保険料支払いの自覚があまりないので、国民の議論は目に見える消費税率に議論が集中するのかもしれません。

メディアもその風潮を煽っているように思います。

<世代交代の必要性>

話を労働分配率に戻すと、川元さんは企業の社会保障の負担は事務処理くらいまでに留めて、雇用の確保は個人が責任を負うべきだと言っています。

そうすることで企業は解雇の自由を得て、余った力を自身と経済の成長に振り向けることができるとの主張です。

川元さんの主張は共感できるところが多いのですが、実際には積年の行政と企業(団体)との仕切りの境界線を移動させることになります。

企業は楽になる代わりに、行政からの恩恵が減少するでしょうね。

そして雇用の不安定化を国民に背負わせるとなると、どの政治家も二の足を踏むでしょう。

そんなことを言ったら、かなりの確率で落選するからです。

しかしながら、たしかに現状を変えることは大変ですが、川元さんも言われているように、現実社会では雇用が

守られている従業員はほんの一部です。

それも自分は守られていると本人が思っているだけかもしれません。

人間は一度染みついた固定観念は自分ではなかなか変えられません。

この固定観念に対する世代の影響が大きいのであれば、少なくとも80歳代(70歳代でも)で世の中の要職についている人は、世の中の変化を阻害して晩節を汚したと言われる前に、自ら進んで後進に道を譲るべきでしょうね。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA