5月18日に奈良県洞川温泉から高野山までの43キロを走るKobo Trail DtoKコースに
参加しました。
5月17日午後10時半に、近鉄大阪線大和八木駅を専用バスでスタート。
参加者は60人強で半数弱が女性ランナー。
私は今回で7回目の参加なので、顔見知りのランナーもいて、大会前とは思えないアットホームな雰囲気で出発。
参加者の顔を曇らせていたのは天気。
週末にかけて日本列島を暴風雨が襲うかもとの予報で、前日の夕刻に主催者から、状況によっては大会中止を示唆するメールが各ランナーに届いていたことです。
バスの出発時には、既に十分な量の雨が降っていましたが、洞川温泉に近づくにつれて
雨足が激しくなり、ついに滝のような雨になって、バスは道端を流れる水を跳ね上げながら
進んでいきました。
(大会が開催されても、山道はドロドロやろなあー)
恐らく、これが各ランナーの気持ちだったでしょう。
洞川温泉に着いて、例年通りブリーフィング会場に向かいました。
途中で、ここ3年ほど同じくKobo Trailを走っているジローさんモトコさんに遭遇。
2人と会うのは1年ぶりですが、昨年の奈良マラソン、今年の飛鳥ハーフマラソンの路上で
行き会って、Koboでの再会を約していました。
「久しぶりです。今年はどうですか?」
「いやー、今年はホントにヤバイ。武士ヶ峰までかもしれません」
などとお互いが弱気の発言(駆け引き?笑)
ブリーフィング会場では、これもいつもの通り、この大会の発案者である元奈良県庁職員の福野さんが大会の起源を面白おかしく言って笑いを取り、プロランナーの鏑木さんが、弘法大師の道への真摯な想いを語り、同じくプロランナーの横山さんが、自らチェックしたコースの注意点を説明します。
奈良県職員の方をはじめ、大会関係者は皆さんとてもまじめに大会運営に取り組んでおられるのですが、私には、宗派が異なる吉野山金峯山寺と高野山金剛峯寺の間を、「弘法大師空海を繋ぎにしてくっつけたらおもろそうや」という、関西人特有のノリだけで、この大会が始まったような気がしてなりませんね 笑
もしも私の想像が当たっているならば、ノリだけでこんなに大変な大会設営と運営をして、
こんなに苦しいコースを走ってしまう関西人のバイタリティは恐ろしいと思います 笑
ブリーフィングのあとは、龍泉寺に移動して、恒例の「護摩行」。
修行僧が吹くほら貝の音と、目の前にモクモクと上がっていく煙を見ていると、明日はいよいよ大会だなという実感が湧きます。
護摩行のあとは、希望者による水行。
9年前に体験して、身も心も引き締まりましたが、水が冷たくて、寒かったことも覚えています。
旅館は「あたらしや」さん。
ジローさんにいうと、「いい宿ですよ!温泉もとても良い!」と言ってくれました。
Kobo Trailの宿泊者は、男性4名と女性4名。
男性は大阪府泉南から来た、ラン仲間2名と東京から1名。この方は昨年まではKtoKの
常連だったが、今年はDtoKに変更したツワモノ。
仕事は金融関連とのことで、話が弾みました。
4人で話しているうちに、すっかり仲良くなり、連絡先を交換して、今書いているこのブログも楽しみにしてくれているそうです。笑
なめらかな湯に浸かったあとは、夕食。
同室の4人に女性ランナー4人が加わって、8人で賑やかな食事がスタート。
出されたのは、とても豪華な夕食で、次から次へと美味しい料理のオンパレード。
各自がご飯を何杯もお替りして、8人で30杯は食べた勘定。
全員がお腹いっぱいになりました。
男性2人と女性1人が、同じ走友会で、Kobo Trailについての男女間の会話もスムース。
この3人を中心に、関西の女性2人と東京から来た女性も加わって、8人の大会談義が尽きることなく、(居酒屋ではないけれど)食事が終わって閉店までいた感じでした 笑
翌朝は雨も上がって、蒸し暑いながらも天気は一日持ちそうです。
午前7時半ごろに旅館前で集合写真。
10分足らず歩いてスタート地点に行くと、あちこちにランナーが集まって話しています。
旧知の2人と写真を撮って、さあスタート。
といっても時間が来たら出ていくという、緩いスタートです。
同室の東京から来たランナーが、快適なペースで私をどんどん引き離していきました。
負けずに走ろうと思いましたが、スタートからの下り坂を走り出してすぐに、身体が重くてスピードが出ないことに気づきました。
いつもは川沿いを下って、龍泉寺の角から山に入っていくまで走っていますが、今回は
龍泉寺のはるか手前で歩きだしてしまいました。
実は、ここ2週間ほど、HRVが継続して低下しており、Garminからストレスで疲労が溜まっていると警告を受けていました。
多分仕事が立て込んでいたからだと思いますが、現役のころは仕事のストレスをランで
解消していたものですが、年を取るとそうは行かないのですね。
身体が思うように動かないので(これはマズイ)と思って、気合を入れて再び走りますが
続きません。
仕方ないので、ポールを持ち、上半身の力も使って進むことにしました。
そのままポールの力を使いながら小南峠の下までたどり着き、急斜面を登り、今年も
私設エイドで旧知のご夫婦に元気づけてもらって、進んでいきました。
時間と距離を測りながら進んでいったのですが、その間にラン友さんに何人か会って
そのあと扇形山を過ぎてかなり行ったところで鏑木さんに抜かれました。
場所は昨年と同じでしたが、鏑木さんの勢いが昨年とは違って、後ろからすごい圧を感じるような、スピードに乗った走りを見せてくれました。
12キロ地点で、それまで登りで抜いて下りで抜かれていたカトちゃんに置いていかれました。
頭が重いのは脳の栄養不足かなと思って、飲む羊羹などを補給していたのですが、とうとう
動けなくなって、ポールに頭をのせて休むことにしました。
脱水か熱中症かなと思い、水分を取ってから、すこし涼しい風が吹いていた場所で、ポールに持たれてしばらくの間休んで、頭が少し軽くなってからゆっくり歩きだしました。
多分立ち止まるまでは、関門に1時間以上余裕があるペースで来ていたと思いますが、
ここで大ブレーキ。
頑張りすぎて、めまいが起こると大変なので、ポールを頼りに一歩ずつ登っていきました。
ずっと上半身に頼っていたので、このあたりまでくると、流石に腕が疲れてしまいましたね。
(このままでは武士ヶ峰でリタイヤかな?)
そう思いながらも、次の関門まで行かないとリタイヤもできません。
頑張って歩いていると、山中で少し前に一緒だったペースメーカーさんに遭遇。
彼と四方山話をしながら歩いていると、少し元気が出てきました。
ペースメーカーさんは「本当のペースメーカーはまだ後ろにいて、大丈夫間に合いますよ」
と言って先に進みました。
また一人旅ですが、先ほどより元気になって、武士ヶ峰には関門閉鎖35分前に到着。
ここで15分休憩して、回復しなければリタイヤに決めました。
パンと天川プリンを食べ、水分を補給して座っていると、あとから来たランナーが
次々に飛び出していきます。
同じ宿で、東京から来ていた女性ランナーも出発していきました。
「次の林道を歩かずに走れば、ゴールできますよ!」
激を飛ばしている人(おそらく武士ヶ峰スタートのスイーパー)が聞こえてきて、
私に飛ばされた激ではなかったけれど、動けそうな気がしたので関門閉鎖20分前に
再スタート。
せっかく来たので、もうひと区間行ってみることにしました。
関門を出て、さっそく下り坂を林道に向けて走り出しました。
が、しかし、10メートルくらいで脚が動かず。
仕方なく、下り坂なのにポールを使って歩くことに。
余程武士ヶ峰に引き返してリタイヤ宣言しようかと思いましたが、諦めが悪い性格ゆえに
そのままゴー 笑
林道に入っても全く走れず。
ポールを頼りにとぼとぼ歩き。
長く感じた林道を抜けると、山道への入り口。
4メートルくらいの高さの土手の階段を登るのですが、はたして今の自分にこの坂が
登れるか不安でした 苦笑
酷いものです
なんとか上まで登り、山に入っていきました。
そのころには次の関門突破は、とっくの昔に諦めていて、考えていたのは、
(できれば弘法大師の道を楽しみたい)
ということだけでした。
ゴールをあきらめて心が軽くなったからか、そこからの登りはゆっくりですが
休憩なしで上がっていきました。
しばらく行くと、武士ケ峯スタートの男性ペーサー2名に追い付かれました。
「マペースでいくので、ほかの人をアテンドしてください」
というと
「それではマイペースを邪魔しても悪いので」
と抜いていきました。
遅まきながら体調が回復してきたのか、登りは順調で、短い尾根は楽しく歩けました。
ゆっくりとしかし着実に歩いていると「同行二人」という言葉が浮かんできました。
弘法大師の道を歩いているのだから、お大師様が出てきても不思議ではありませんが
現実にそんなことが起こったら、漫画や小説の世界です 笑
でも、一人で歩きながら、あたかも誰かと一緒に歩いているような気がして
ようやく弘法大師の道をあるいているという実感が湧いてきました。
(出典 「同行二人」で歩こう | 福祉仏教 for believe 2025/5/22)
心楽しく歩いていると、先程抜いていったペーサー2人が待っていました。
「先に行ってください」と頼みましたが
「ゴールできそうな人をサポートするのが仕事ですから」
という返事。
そこから乗鞍山の急斜面を、休憩なしに登り切りました。
心とともに、身体も軽くなったみたいです 笑
乗鞍山から下ってしばらく行くと、ペーサーが先行して、今度は女性2人のスイーパーに
交替しました。
「私が最後ですか?」
「そうです。皆さん、止められました。言っちゃ良くなかったかな?笑」
楽しそうなお二人でした 笑
スイーパーさんと四方山話をしながらも、ステップを踏んで坂道を下るまでに回復。
どちらにせよ関門には間に合わないけれど、最後に元気になってよかったなと思っていると、「もう出口です。あと7分ありますよ。次の関門狙えますね 笑」
と煽ってきました 笑
道路に出ると、「ここは私設エイド。公式エイドまでは1.2キロ。キロ6分で走れば
間に合います」と非情な声 笑
間に合うとは思えなかったけど、せっかくだから走ることに。
すると林道で動かなかった身体が、動き出しました 笑
はじめはキロ7分。
身体が動くので、キロ6分半、キロ6分と上げていき、キロ5分40秒まで上がったところで、関門締め切りまで、あと19秒 笑
結局全部走って、関門超過2分46秒。
時計を見ていた天辻峠の関門の人が、申し訳なさそうな声で「関門アウトです」と
告げてくれました 笑
最後は体が回復して、楽しく走れたので満足です。
結局25キロを7時間半かかりました。
30分くらい待って、車で送ってもらいました。
途中の天狗木峠のエイドで、(ご厚意で)温かい讃岐うどんを戴きました。
冷えていたので美味しかった。
ふと後ろを見ると、パイプ椅子にドカッと座ってうどんを食べているのは
同室だった泉南ランナーの方。
思わず写真を撮ってご挨拶。
もう一人の泉南ランナーさんは、先に行ったとのこと。
二人とも速い!
高野山根本大塔裏の西禅院で荷物を受け取り、宿泊先の櫻池院へ。
門を入ると石庭がある落ち着いたお寺です。
部屋に案内してもらって、お風呂に行くと、東京のランナーさんに会いました。
お遍路さんをされているそうで、四国88か所は現在3回目を回っているそうです。
部屋にもどり、お弁当を食べて、テレビを観て寝るだけです。
宿坊に一人でいると、高野山にいるからか、これまで7回走った弘法大師の道のことが
思いかえされますね。
リラックスして、過去の思いに浸りました。
不思議にDNFの悔しさはありません。
最後に心地よく走ったからでしょうかね。
翌朝は午前6時半からお勤め。
お坊さんたちに従って、般若心経と真言を唱えていると、
「色即是空、空即是色」
「五蘊皆空」といった、般若心経の言葉が心に響きます。
朝食の精進料理を広間で済ませて、同宿の金融ランナー(?)さんと、すこし西国三十三カ所の話をしてから、荷物をまとめて出発。
お寺の前のバス停で、徳島から来た女性2人のランナーと一緒になりました。
ところが高野山駅に着くと、何やら人だかりが。
南海高野線お架線事故で運転停止。
橋本駅まで代行バスで送ってくれるとのこと。
ところが代行バスがなかなか来ず、外国人観光客の一人(イタリア人)が
「こんなにたくさんバスが止まっているのに、何故順番に動かさないのか?」
と駅員に詰め寄っていました 笑
駅員さんは彼女に説明しながら、整理券を配っていました。
私は558番。
いつ頃になればバスに乗れるかは全く不明。
バスを待つ人の大半は外国人観光客で、次の予定があるらしく、皆さん不安顔。
ようやくバスが来て、整理券のコールが始まりました。
ところが駅員の呼びかけに、いくつかの番号が応答なし。
駅員さんが英語で番号を読み上げるの聞いていた外国人の一人が、この発音ではダメだと思ったらしく、駅員からスピーカーを取り上げ英語で番号を読み始めました。
これにはみんな大笑い。
一挙に和やかな雰囲気になりました。
横で見ていると、どうやら先程駅員に詰めよっていた女性のご主人のようで
先程の勢いはどこへやら、彼女はご主人に抱きついて笑い転げていました。
私の順番が来てバスに乗り、75分かけて橋本駅に到着。
急いで急行に飛び乗ったら、なんと高野山駅で別れたはずの徳島ランナー2人が
先に席に座っていました。
我々が出た後で、タクシーで送ってくれたそうです。
時間はまだ午前10時過ぎだったので、彼女たちも無事に自宅に帰れそうでした。
彼女たちとは天下茶屋駅で別れ、私は新今宮駅からJR環状線に乗り換えて帰宅。
長く短い二泊三日の旅はこれで終了。
たくさんの人たちと出会えた良い旅でした。
交流してくれたラン友さんと、大会を運営してくれた関係者の方々には、改めて感謝ですね。