• 定年男子のランとマネー

5月10日、雲一つない五月晴れの下、かつての職場仲間14名で大阪府池田市を散策してきました。

池田市については、下記リンクをご参照ください。

池田市 – Wikipedia 2026/5/11参照

当日は、午前9時半に阪急宝塚線池田駅に集合。

私が午前9時20分に改札を出ると、「これで全員揃った」との声。

「集合は9時半だったよね」と思わず聞き返してしまいました 笑

案内役は仲間の一人。

今回この散策コースを提案してくれた人です。

今回の案内人さんも、周到な準備を重ね、丁寧な資料を作って配ってくれました。

彼は、池田市の住民ではないのですが、隣接した市に住み、この街をよく知り、愛着が深いようです。

最初の目的地は、カップヌードルミュージアム。

ここでは、日清食品創業者で、カップヌードルの生みの親である、安藤百福さんのショートビデオを見てから、カップヌードル体験場2か所を見学しました。

本当は、カップヌードルを自分で作って食べてみたかったのですが、時間の関係で今回は見学だけでした。

小さなお子さんを連れた家族が沢山来ていたので、我々の年代ならば、孫連れがちょうど

良い感じですね。

ミュージアムを出ると、案内人の先導で呉服神社へ。

ここは「ごふくじんじゃ」ではなくて「くれはじんじゃ」と読みます。

この神社の故事来歴は、遠く「日本書紀」あたりまで遡るのですが、極めて簡単に言うと

中国大陸の江南地区(揚子江の南側)は古くは「呉(くれ)」と呼ばれていて、

西暦300年ごろに大和朝廷が機織りの技術を「呉」から導入した時、池田市にやってきたのが「呉服(くれはとり)」と「綾織(あやはとり)」で、彼女たちが日本に絹織物技術を

伝えてくれたと言われています。

彼女たちの功績をたたえて、「呉服神社(くれはじんじゃ)」が創建され、その後時代が下って、平安時代には「呉服(くれは)」を音読みで「呉服(ごふく)」と読むようになり、

絹織物そのものを指す言葉になったようです。

「呉服神社」は現代でも織物、繊維、芸能の神として信仰されています。

そして、明治時代になって、呉服神社を取り囲む静かな街並みに注目して、このあたりの土地を日本で初めて宅地分譲したのが、阪急電鉄創業者の小林一三です。

分譲当時は、敷地100坪が標準でしたが、実際に歩いてみると、とても閑静な感じではありますが、相続等で分筆が進んでいて50坪以下の居宅が多いようです。

我々のかつての職場は銀行だったので、職務を通じて阪急グループや日清食品と繋がりのあった人も多く、歩きながら当時の思い出を話してくれる人もいましたね。

ここで池田駅に戻って、昼食予定の「不死王閣」が出してくれたマイクロバスに乗って

「久安寺」へ。

このお寺は西暦725年創建で、高野山真言宗につながる大阪池田・北摂の古刹です。

【久安寺】公式サイト 2026/5/11参照

お寺の境内は2万坪を超えるそうですが、楼門の横から境内にはいると、五月山を借景にして、お寺中が緑に覆われている印象です。

以前に久安寺にきたことがある仲間の話では、このお寺は四季それぞれが美しくて、直近だと紫陽花の花が具足池に浮かべられて、大勢の人が見に来るそうです。

当日は、日曜日にも関わらず、紫陽花シーズンの直前のためか境内は閑散として、

まるで貸し切りのようでした。

本坊で拝礼のあと、そのまま三十三所堂で、青岸渡寺から始まる西国三十三か所の仏像に

拝礼して、さらに真言宗らしく御影堂で弘法大師に拝礼して外に出ました。

そのあとは、霊園にある仏塔で、横臥した釈迦の像にお賽銭を置き、12時前に再び楼門前に戻りました。

そこには「不死王閣」のマイクロバスが迎えに来ていて、我々を「不死王閣」まで運んでくれました。

ちなみに「不死王閣」は地名的には伏尾温泉なのですが、AIによれば、元の料理旅館を

立て替えるときに地元の「不死王伝説」を思い出して、名前を「不死王閣」に変えたそうです。

不死王伝説というのは、案内人さんのバス車内での説明では、西暦1100年ごろに在位した鳥羽天皇に男子ができなかったので、祈ったところ近衛天皇が生まれたことに因むそうです。(という話だったと思いますけど 笑)

ちなみにAIに聞くと、近衛天皇は鳥羽天皇の第9皇子なので、ほかの子供は若死にだったのかもですね。

今も昔も、皇室は後継者問題に悩まされているようです。苦笑

「不死王閣」の温泉は、温度は人肌、湯質は滑らかという感じで、仲間たちもとても喜んでいました。

お風呂から上がると宴会です。

今回の参加は14名ですが、ラインアップメンバーは30名程度いるので、欠席した人の

近況を分かる範囲で幹事さんが情報共有してくれます。

昔から良く知っている仲間なので、実際に参加していなくても、彼らの顔や所作が思い出されて親近感が保てますね。

各自の近況報告が終わると午後3時過ぎ。

午後3時半に不死王閣のマイクロバスで池田駅まで送ってもらって、案内人さんにお礼を言って解散です。

今回も快晴の一日を楽しく過ごすことができました。

この会は今回が45回目で、我々の会の名前である「53歩会」にちなんで53回までは

元気に集まろうと言っています。

2028年が我々の入社50周年に当たるので、それまでにあと8回開催して、社会人生活50周年を盛大にお祝いしたいというのがみんなの考えであり願いです。


コメント一覧

返信2026年5月12日 6:51 AM

村上茂人24/

ありがとうございます。いつもながらの素晴らしいブログです。記憶力が大したものですね。

    返信2026年5月12日 7:43 AM

    セニョール24/

    村上さん、過分な褒め言葉をいただきありがとうございます。53回まで頑張りましょう。

返信2026年5月12日 9:25 PM

おかちゃん24/

天気良いし、53歩会最高だろうなと思ってました。素早く掲載されてびっくりです。難聴が進み会話もしんどいので、不参加ですが、皆さんの様子を見れて大変嬉しく、有難いです。自分も身体は大丈夫?なので、奥さんの日本語通訳と今年は札幌雪まつりと雪の大谷に行きました。参加のチャンスが有れば宜しくお願いします。

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